こんにちは、あん茉莉安です。
二女が卒園し、毎日家に居るようになりました。
ニートじゃん(笑)
小学校入学までのしばしの間、ゆっくりと寛ぐようです。
毎日のお昼ご飯でママンは大変なんですが……(;´Д`)
我が家では、外部の先生に通わせる余裕がいろんな意味でないため(笑)私が子ども2人に、ピアノ、バイオリンの2品を伝授しています。
自分が子どもの頃もそうでしたが
1つ何かを手に入れることって、すごく大変なことなんですね。
それもね、その価値が大きいものであればあるほど、大変さも大きいような気がしています。
何ごともそうですが、音楽も、毎日練習を続けることが一番大変です。
練習そのもが大変というわけではないと思うんですが、それも今となってはだからこそ。
子どもの頃は練習をサボって何かをしたかったわけでも、ないんだと思うんですが(いや、遊びたかったのかな?)、練習はサボりたかったですね。
そして今になって、サボりたいのに練習した私よりも、サボらせなかった親のほうが凄かったのかもしれない……なんて割と真剣に思うわけです。
大人になると地道なことはどんどんできなくなる
継続は力なり、という一面が人生には間違いなく、ありますが、大人になるにつれてそれも難しくなりますね。
生活に圧迫されて、日々の雑多なことに振り回されて、生活を丁寧に執り行うことすら辛いと思うことがあります。
でも、丁寧な生活は絶対に忘れてはいけないという気持ちも。
シンプルで、片付いていて、モノが少なくて、ところどころに既製品と手作りを織り交ぜて……
あ、ちょっと無理かも(笑)
なんてね……
子どもが小さいと、それだけで苦しいと思うことが多いですね。
ようやく下の子が卒園を迎え、少しそう思う私です。
昔のように、専業主婦とはいかない現代。
それでも。「丁寧なものを選んで購入する」という選択肢がまだあるな、と思ったり。
子どもが小さかったり、自分の仕事が忙しいような時は猶更、外部の丁寧さをどんどん取り入れて、丁寧に生きたい。
余裕が出たら、自分自身の丁寧さをそこに重ね合わせていけばいいんじゃないかな、なんて。
でもなー
やっぱり、考えれば考えるほど、子どもの頃の余裕ってもう二度と出てこないのかも……
おばあちゃんになるまで!?(笑)
子どもの頃は、毎日があっという間に過ぎて、ものすごく忙しくて、こんなに忙しいことはないと思っていたのに、大学を卒業したらそれとは比べものにならないような忙しさが待っていた……
だからこそ、子どものうちに、大人になったらできないものを積み重ねていってほしい、その時間を確保したい……なんて思いも親として持っています。
そんな私は、入学式までに新しいお道具袋に靴袋、雑巾(これは上の子のもだー!)、などなど用意しなくてはいけないのに、今日も小さいニートが私を呼ぶ。
「マーマー!」
で、用件は?
アイロンビーズで作成したイルカをフリフリして
「みてー! カーモンベイビーアメリカー!」
(↑今ここ)
……大人は忙しいんである。