
今日は、大阪のお話はお休みしまして。
最近ちょっと気になっていた学歴詐称問題について私見を記したいと思います。
政治の世界では、何年かに一度くらいで
お約束のように湧き出てくるのが、
学歴詐称問題。
最近もちょっとうるさい……
というかもう、
なんかこじれすぎて意味不明になっている詐称問題がありますねw
該当自治体の市民の皆さまには本当にお気の毒なことでございます。
自分のところがこんなんだったらウンザリしてしまうことでしょう……。
学歴の詐称って、
詐称している人から見たら「ちょっとした見栄」とか、「つい言っちゃった、てへぺろ!」くらいのことが多いものです。
ちょっと見栄張ったくらいでそんなに目くじら立てることないじゃん。
というオーラすら感じます。
でも実は、学歴詐称の本質は、それが大いなる侮辱である、というところにあるんだと思うんですね。
学歴(に限らず、詐称されるような経歴、資格)って、手軽に手に入るものではありません。
例えば大学卒業の経歴、肩書きは、最低でも単位を取れる程度には大学へ通い、授業に出席し、テストを受けてそれなりの成績を残し、またレポートやら卒論やらを作成して、ようやく手に入るモノですよね。
少なくとも、○○大学卒業生は、○○大学のカリキュラムに見合う努力をして卒業資格を手に入れているわけです。
このとき、卒業資格のない人が「○○大学卒業」を名乗ることは、正当に卒業した人の努力をあざ笑う大いなる侮辱に他ならないと思っています。
また同時に、第三者に対して○○大学の卒業生を名乗るということは、「私は○○大学を卒業できるだけの努力をしてきた人間です」と宣言することでもあります。
つまり学歴の詐称は、第三者の目を欺いて、自分が現実以上に努力する人間のように見せかけることでもあるんですね。
……そもそも、学歴も職歴や資格も、詐称って結構色々なところからバレるもので、そのリスクを考えつかない人が詐称なんかやらかすんですけどね。
日本はまあまあ学歴社会の一面があって、その風潮が詐称につながるという説も濃厚ですが、学歴は、必ずしも評価のすべてではありません。
例えば中退とか除籍にも色々な事情があって、学歴を得るよりも大切なことをするために学歴を捨てるということも多いのでしょう。
現に先日まで東大に在学していた松丸亮吾さんは、仕事に専念するため東大は中退されたそうです。
肩書きは「東大を中退」となりますが、きっとご本人にとって、それ以上のものを手にお入れになるのですよね。
松丸サンけっこうファン⭐

そして現在学歴詐称問題で騒がれている某市町殿だって、それは同じだったんだと思うんですよ……
学歴では得られない何かのために、除籍という形で、学歴をお捨てになった。
どちらのパターンにしても、
「卒業資格を得るための努力」は最後までやりきれなかった、ということになります。
それならそれで、「別のことのために、卒業資格は捨てたのだ」と堂々としておられれば良い。
実際、学生生活をしているだけでは得られないモノってたくさんありますよね。
だのに、
「卒業資格を得ました」
という形にしてしまうから、卒業資格を得るための努力をしなかったのに、した、と偽ることになり、
実際にその努力をした人も、経歴をみて投票した市民のみなさまも、全員を侮辱した形になってしまう。
学歴詐称は、「ただ見栄張っただけ」の裏側に
「ちょっとくらい、人をだましても平気だと思った」
といったような、だらしないところ、卑怯なところが透けて見える行為。
安易に詐称してしまうと、自分本人が思っていた以上に大きな問題になってしまうのには、そんな理由があります。
まあ、世の中にはおそらく、学歴詐称する人よりも、された人のほうが多いのだろうと思うので、学歴詐称ダメ絶対といっても仕方ないとは思うんですよね。
ちなみに、学歴詐称する系のお友達って、自分の都合を最優先に考えるので「フレネミー」になっていることもよくあります。
近づくほど運気が下がる可能性もあるのでご注意を……。
結論!
- 学歴(職歴含む)詐称は、「する人」が「される人」を下に見ているから起こる侮辱行為
- ただの見栄張りと軽く見ず、相手との付き合い方は考えよう⭐