こんにちは、あんです。
先日、「グッとラック!」という朝のニュース? エンタメ? の番組で、話題になった、「婚活女性が定義する“普通の男性”」
Twitterでも結構な数の方が、この定義について「えっ」と思われたようです。
どんな定義がなされていたかというと、
- 身長165cm以上
- 体重60~80㎏
- 星野源さんのイメージ←?????
- ジム通い
- 化粧水をつけて就寝
- 鼻毛が出てない
- ヒゲ・爪が整っている
- 美容室は月1~2回
- 日大・東洋大・駒澤大・専修大以上など←……
- 年収や職業にも条件あり
……ということで、冷静に考えるとちょっと厳しいんじゃないのか!? みたいな条件が並ぶわけです。
多少はテレビ的なものがあったとしても、これが普通だ! ということになりますと、
果たしてそんなんで婚活が成功するのか!
という不安にも苛まれますね。
普通=危ない概念
結構な数の日本人が「普通」を重要視する社会で育てられています。
ですから、「普通」というのがどれくらい危険な概念なのかということを、あまり多くの人が知らないようです。
……そう、今、私は「危険」という言葉を使いました。
普通であることを重要視するのは、危険なことなのです。
その理由はいくつかあります。
普通が危ない理由
おそらく多くの方が、「普通?いいじゃないか」「何が危ないのか」「普通が一番安全だ」と思うのではないかと推測します。
(もちろん、私のブログの読者さまは優秀なので、既に「普通が危険だ」という理念を理解されている方も多かろうと思いますが、そうでない方のために)
なぜ普通が危ないのかを解説しますね。
普通から外れることにストレスを感じる
「普通」が存在することによって、「普通でない」が存在するようになります。
そして、普通を信奉している人にとって、
「普通=善」
「普通でない=悪」
という構図ができるわけです。
こうなると、もういけない。
自分が、普通でなくなることが恐怖で仕方なくなります。
もしくは、自分が普通であると思い込み、自分とは違う存在を攻撃するようになります。
普通から自分が外れることがストレスになるので、自分に手かせ、足かせをつけるようになります。
また他人が普通から外れていくこともストレスです。許せないと思うようになるでしょう。
普通というのは個人が勝手に作り上げた幻想であって実体や定義がない
上で見てきたように、普通の枠から外れたらストレスが起こるわけですが、ではその普通枠って何なのですか? という話です。
これは、ホットケーキのタネが、フライパンの上でホットケーキの枠から漏れるのとはワケが違いますよ。
ホットケーキなら、枠の形も大きさも決まっているわけです(それだって店ごとに違いますが)。
だから、「この大きさがうちの店のホットケーキの普通!」というのが明白で、
はみ出した部分は「ここは普通じゃない部分!」と明確に分けることができますね。
しかし、「普通」は、そうはいきません。
Aさんの普通と、Bさんの普通が違います。
みんなの中で違うものだから、普通にこだわると、齟齬がおこります。
人と人との間で争いの原因になります。
目的が果たせない
今回話題になった、婚活の例が非常にわかりやすいでしょう。
冷静になって「婚活女性が考える普通の男性」を見て、「普通の男性と結婚したーい💕」とその女子が言っているとして
……結婚できそうに思えますか?
どうもキツそうじゃないでしょうか?
そう、あまり「普通」ということにこだわっていると、本来の目的が果たせない、ということはよくあるのです。
理由は主にさきほど述べたとおりで、「普通」などという概念は妄想に過ぎないからです。
妄想に過ぎない普通というものが、人との間に軋轢を生んだり、よくわからない理想を作り上げた結果、理想に合わないものを排除し、最終的に目的が叶わない結果をもたらす。
こんな無駄なことって、ないと思いませんか?
「普通」「常識」に囚われすぎていないか常に確認を
普通と、常識とは、まあちょっと似たところがあります。
そういったものに囚われすぎて、本来の目的から遠ざかっているような、そんな行動をしていませんか?
ということを、常に確認し続けるといいでしょう。
「普通」から解き放たれた自由の下に、本来の輝きがあると私は思います。
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